旧サイト拍手ログ1





1  お揃い 【斎比(歳比古前提)】


「気に食わん」

突然押しかけて来て、既に定位置となった床へ腰を下ろす。
無言で煙草に火を近づけたかと思えば、先の台詞。
散々好き勝手やっておいて、今更何が気に食わないというのだ、この男は。
俺が言うなら、まだしも。

「解せん事があるならさっさと片付けてから来い。ここで愚痴を言われても困る」

明らかに自分へ向けての「気に食わん」発言だったが、大人しく相手をしてやる気はない。
引き下がる事は無いだろうが、すぐに理解してやるのが嫌なだけだ。

「お前に言っている」

分かってる。分かってるんだが、面倒だ。
こいつがこういう態度をとっている時は大抵…
ほらな。こうしてすぐ相手の事が分かっちまう。それが嫌だ。

「あぁそうか。気に食わんのなら帰ればいい話だろ」
「それを…」

いつの間にか立ち上がって、すぐ横へ近づいてきた斎藤の手は、俺の髪の紐を解いて目の前にかざした。
そして言った。
「俺の買ったものに変えろ」と。

「…話が見えねぇ」

こういう態度をとった時は大抵、何かを俺に強要するのだ、こいつは。
それはやはり当たっていた。だが理由が不明瞭では、いつまでも黙っている俺ではない。
前に流れてくる髪を背へ戻す。
そう言えば以前、この赤い紐を見て斎藤は、土方を思い出したと言っていた。
もしかしてこいつ…

「土方の下げ緒と揃いなのは気に食わん」

やっぱりか。

「別にこれは揃いのつもりで使ってる訳じゃねぇよ」

本当に、こいつは。
生意気な奴だと思っていればたまにガキみたいな事を言いやがる。
それが見た目と不似合いで、面白いといえばそうなのだが。

「なら、これから俺と揃いにしろ」
「は?」

言って取り出したのは新しい赤い結い紐。

「こっちは俺が貰っておく」

俺が今まで結っていたものは、斎藤の刀の柄巻きに巻かれた。
付けても邪魔にならない位置へさりげなく。
手渡された新しい紐を見て、自然頬が緩んだ。

「しかも、交換でかよ」

考えを読むとか、言いなりになるとか。
素直に受け入れ辛い事も多々あるが。



満足気な斎藤を見るのは、嫌いじゃない。







2  口喧嘩 【斎比】


終わらない。終わらない。
何故こうも引き下がる事を知らないのか。
こいつも、俺も。





「出汁が薄い」
「文句言うな!俺が作ってやってるだけ有り難いと思え!」
「前も言ったはずだ。少しは改善しろ」
「大体だな、何で俺が東の味付けしてやらねぇといけねぇんだ!京都出身だぞ俺ぁ!」
「俺好みにするのが当たり前だ」
「てめぇ…!今すぐこんがり窯で焼いてやってもいいんだぜ…」
「上等だ。返り討ちにしてやる」
「ふん、お前が俺に勝とうなんざ一瞬でも思わねぇ方が後味いいだろうよ」
「毎晩組み敷かれといて何言ってやがる。粋がるのも今のうちだ」
「お前の思い通りにはならん」




終わらない。終わらない。
終わらなくてもいい。
こんな心地良いのは、他では味わえない。







3  過去の人 【歳比古、土方・斎藤】


届かぬだろうと伸ばした手は、やはり空を掴んで。

振り返った笑顔はいつものそれだったのに。

言わずとも分かる、永久の別れと。



何もかもが初めてだった。
人を好いたのも、人の為の涙も、寂しさも。
どれ程に大切だったか。特別だったか。
与えられたものは、思うよりも大きく、少なささえ覚えた。

もう、齢もすぐに追い越して。
後は、お前を忘れるだけ。
出来る訳が無いが、せめて悲しむ事はやめるのだ。
そうすれば、俺もお前も、楽になれるだろう。





死ぬ気でいた。
死に場所を探す貴方の傍で。
最後まで戦って、戦って戦って。

なのに貴方は生きろと言う。

ここまで来た。
これから俺に、何をしろと言うのだ。
自分は先へ進むくせに。
何故俺を連れて行かない。

会津で死ねるなら本望だ。
だがそれでも、貴方の言葉さえなかったら俺は…
最期まで、鬼の下で剣を振るいたかった…



あんなに酷い命令を、俺は他に知らない。







4  ここにいて 【チビ剣+比古】


「………」

目が覚めた。
夢を見たから。怖い夢を。
でも、理由はそれだけじゃない。

「…師匠」

夢の中の自分と別に、夢を見ている自分が何かを感じた。
自分の中の何かが下から持ち上げられて、ごっそり失くなるような浮遊感。
そしてその恐怖。

「…師匠?」

暗くて、何処を向いているのかも分からなくて。
寝相が悪いものだから、いつも師匠に怒られて。
でもちゃんと、布団を掛け直してくれる。
怖い夢を見て泣いていれば、呆れながらも優しく手を置いてくれる。

「師匠……師匠…」

居ない。
暗くて何も見えないけれど、此処には自分しか居ない。

「し…しょ……」

不安で堪らない。
邪魔と思われて、一人置いていかれて。

師匠が居ない。
視界が潤んでいるのさえ分からない。

「師匠ーっ!」
「何だうるせぇ」
「ぅえ…?」

灯りを持った師匠。
枕元にそれを置いたら、師匠の寝床も、師匠の顔もちゃんと見えた。
今日は寝相も良くて、布団もきちんと被ってた。
でもそんな事よりも、師匠に飛びついて不安を掻き消したかった。

「うぉっ、いってぇなコラ、何なんだ」
「師匠、何処に行ってたんですかぁ!」
「あ?厠だ。…ったく、うなされてたから起きてみりゃ、毎度の如く頭と足が逆になってやがるから直してやったってのに、礼を言われこそすれ、怒られる筋合いはねぇぞ」

え?やっぱり寝相悪かったの?
じゃあ、あの浮遊感は…師匠が?

「また怖い夢か?」
「え、ぁ…うん……」

───じゃあ寝ろ。ここに居てやるから。

本当?師匠…

ここに…本当にここに居てね。

───お前の気が済むまで居てやるよ。







5  間に入り込む隙間もない 【斎比←剣心(年表無視設定)】


「どうしてですか」
「何が」
「何がって…」

ここは京都・師匠の家。
…すっかり雰囲気が変わってしまった、師匠の家。

「何故…斎藤と一緒に居るのです」
「……さぁ、知らんな。誰だそれ…」
「嘘を吐くのが下手になりましたね師匠、俺が何も知らないとでも…?」

驚きと怒り。
こんなにも複雑な気持ちは初めてだ。
あの人間嫌いの師匠が、弟子でもない人と長く付き合うなんて。
しかも恋仲。男。…斎藤。

「何でっ!」

人を見下すように笑う斎藤の顔がはっきりと浮かぶ。
腹が立って仕方が無い。
一番に師匠を見てきたのは自分なのに。
何故よりによって斎藤に横取りされなければならないのか。

「師匠!今からでも遅くない、あんな性悪斎藤とは別れて下さい!これからは俺が…!」
「それは聞き捨てならんな抜刀斎」
「っ!!?」

どこからともなく斎藤が現れ、幕末さながらの緊迫感が二人を包む。

「何でお主が此処に居るでござるっ!」
「野暮な奴だな、知ってるんだろう?俺と比古の仲を」
「拙者が言っているのは何故京都に居るかという事でござる!」
「出張中だ」

言葉では剣心の相手をしながら、ずかずかと彼の横を通り過ぎ、当たり前のように比古の隣へ立つ。

むぅ…でかい…

「師匠!こんな奴に騙されては駄目です!」
「諦めろ、こいつはもう俺のもんだ」
「こいつぅ…?」

嫌だ嫌だ。だんだん「そう」見えてくるのが悔しい。
何この密着度!全く違和感が無い!
師匠なら絶対もっと距離を置くはず…そして何より、「こいつ」呼ばわりされて怒らないなんておかしい…!

師匠…どうしちゃったんですか師匠…
俺が離れてる間に、一体何があったんですか…

「…斎藤、お主がどれ程師匠を想っているか知らぬが、拙者の方がその何倍も強く想ってるでござる!」
「ほざけ。俺の方が強いに決まってるだろう」
「師匠の何を知ってるでござる!!」
「そりゃあ頭の先からナニの形から後ろの色から何でも知ってるぜ!」
「てめぇどさくさに紛れて何言ってやがる…!」

師匠が顔を…真っ赤にさせてる…
か…可愛いっ…!!!
…って、という事はつまり、ソッチもよろしくヤッてしまってる訳で…
………斎藤ォ───!!

「拙者の師匠をー!!」
「お前のじゃない。俺のだ」
「黙れガキ共…」
「年不相応の可愛い寝顔も知ってるでござるか!」
「あぁ」
「見かけによらず料理が上手な事も!」
「あぁ」
「意外と長湯な事も!」
「あぁ」
「…さっきから一言余計だぞ剣心」
「怖い夢見たら傍に居てくれる温かい所も!」
「………」
「病気になったら普段の何倍も優しく看病してくれる事も!」
「………」
「………剣心」
「全部知ってるでござるな───っ!!!」

悔しいっ!
何年も育てられていたのに!ほんの最近現れた斎藤なんかに師匠の全部を持っていかれて!!
気付いた時にはもう遅かった……!元々俺の入る隙なんて無かったというのか…!
しかし師匠!!俺は…俺は…!

「斎藤の悪の手からきっと助け出して見せますから───!!!」

脱兎。

「…何なんだあいつは…」
「…おい」

馬鹿弟子のぶっ壊れ具合についていけない比古。
そして何やら隣で元気を失っている斎藤。

「最後の二つ、俺は知らん」
「…ガキ相手だ。今はそんな必要無いだろう…」
「抜刀斎がそれを経験したのなら、俺もする」
「……はぁ…お前はまだまだ、ガキだったな」

本当に、剣心が入る隙間も溝も無い、甘々な二人である。







6  年の差 【斎比(学パラ)】


正直、俺は驚いている。
大学時代からちょくちょくそんな状況には遭ってきたが、全部きれいにあしらってきたつもりだ。
そんな俺が、教師として勤めはじめてまで同じような展開に遭い、あまつさえ承諾してしまうとは。
いや、この際それはいい。いいとする。だが。


「おい」
「俺は「おい」じゃねぇ」
「新津」
「………」
「新津先生」
「なんだ…」


相手が十六歳ってのは、さすがの俺でも吃驚するもんだ。
声を掛けてきたのもこいつ、いきなり告ってきたのもこいつ。
…その言い寄り方が尋常じゃなくしつこくて、参った。
やる事はガキらしく必死で面白かったが、その…だからこそ真剣さが伝わってきて、だな…
人生で初めて、男からの告白に応じてやったんだ。
男、十六歳、生徒。
男、二十四歳、教師。
忍ぶ恋…ってやつだ。

「工芸…今日休みだろ?」
「あぁ。展覧会も終わったしな」
「帰ったらすぐ家行くからな」
「あ?」
「今日こそヤる」
「ばっ……!おいっ斎藤っ!!」

こういう爆弾をさらっと投下していけるのも、若さ故か、俺が遅れてるだけなのか…
誰にも今の発言を聞かれていない事を祈るしかできなかった。







7  契り 【剣比?(斎比・歳比古前提。年表無視設定)】


「……湧いたか。分かってたが」
「さらっと酷い事言わないで下さい」

馬鹿弟子はちょくちょく俺の家に来る。
あの…斎藤の馬鹿野郎との関係が知れると、人が変わったように俺にへばり付いてきやがる。
…まぁ、こいつと斎藤は幕末以来の宿敵同士だっていうし、馬鹿弟子なりに心配してくれてんだろう。
そういう可愛げのある行動は昔からしとけってんだ。
…で、いつになく神妙な面持ちで来たかと思えば、この馬鹿は誰も居ないってのに声を潜めてこう言った。


「これ以上斎藤の好きにはさせません。俺と「夫婦の契り」を……ゴフッ!!!」


勿論、最後まで言う前に拳を与えてやったが。
一体何を言い出すかと思えば。
育て方を間違えたか…いや、俺が育てていた頃は、少なくともこんなんじゃあなかった。

「湧いてる奴に湧いてると言って何が悪い。用が済んだのなら帰るんだな」

契り契りと、俺の周りは馬鹿ばっかか。
何故俺に来る。欲求不満なら他を当たれ。

「師匠…」
「お前とは昔「師弟の契り」を交わしたろう。それだけでは不満か?」

尤も、こいつは御剣流第十四代は継がないと言ったから、もう関わりは薄いものだが。

「師匠、俺が言っているのは体の」
「頭が痛い。帰れ馬鹿弟子」

あれ…「契り」って、約束とか誓いって意味もあったよな…
情交って意味だけじゃないよな…
何だか分からなくなってきた。
馬鹿弟子といい斎藤といい…
あぁ土方、助けてくれ。お前がまだ一番まともだった…







8  突き飛ばす 【斎比】


「ふんっ」
「ぐぉっ!」


ドサッ…


「俺に力で勝とうなんざ三十七年早ぇ」
「…えらく…細かい年数だな…」



了。







9  月影 【剣心vs斎藤(斎比。年表無視設定)】


満月の夜は、どうも行動的になるらしく、目も冴える。
今夜もそうだ。
今出掛ければ、着くのはいつになるやら。
深く考えずに歩き出す。

断りも無しに出向くのはいつもの事だが、こんな夜更けは流石に初めてだ。
満月が照らす夜道を、足早に進む。
寝ていても構わない。寝ていた方が都合がいい。
色々考えを巡らせながらの道は存外楽しいものだ。

だがそれも、中断せざるをえなくなった。

「…何の用だ」
「それはこっちの台詞でござる」

長く伸びた影の元に居るのは、緋村抜刀斎。
こちらを睨む眼は射る程に鋭い。

「俺は行く所がある。邪魔をするな」
「師匠の所へなら、行かなくて結構でござる」

抜刀斎とて阿呆ではない。
だが無駄だと分かっていながら、俺と比古の仲をどうにか崩そうとする。
そういう「邪魔」があった方が、面白くていい。

「どうしても道を譲らんと言うなら」

愛刀をスラリと抜く。
また違った鋭さを持った眼を確認すると、俺の口角は自然と上がる。
奴も愛刀の逆刃を抜いた。

「十年振りの、京都での決闘といくか…」
「…あぁ」

刀が白く光る。今宵は満月。
月影が、標的をよく照らす。



何も知らない「標的」は、こちらも眠らず月を肴に。







10  指南 【斎比】


「くっ…!!」
「流石だな元・新撰組。だがまだまだ甘ぇ」

抜き身の愛刀を肩に担ぎながら笑みが落とされる。
…それが堪らなく厭味だ。



いつもいつも部屋に篭るか窯の前に座るかでは、体が鈍るだろうと運動を誘った。
無論、言葉そのままの意味で言ったのではない。
それは奴も承知のはずだ。
「いいぜ」と返ってきた台詞に肩を抱いた、その時だ。
奴の口がにやりと笑い、俺の手をするりと抜けて外へ出た。

「体、動かすんだろ?」

…堪らなく厭味だ。



そうして真剣での立ち合いが始まった訳だが、一太刀も浴びせられないまま今に至る。
抜刀斎の師であるという事実を、身を以て味わっている。
……が。

「その年でここまで動けるとはな…」
「お前とは鍛え方が違うんだ」

四十を超えている男にここまで歯が立たないというのは、正直解せん。
いくら飛天の剣と言えども。

「お子様には負ける気がしねぇ」
「なんだと…!」

怒りに任せた突きも当然、難なく躱される。
避けられても斬撃に変えられるこの技も、空を斬ると分かっていながら繰り出す。
案の定。
突きの連続も、変則の牙突も、刀で受け止めるどころか、払いさえされない。
いくら何でも傷付く。
ふと視界から消え、宙を舞っていると気付いた頃には背後を取られていた。

「…クソッ」

すぐ振り向いたが遅く、鼻先には刃。
そして、奴の不敵な笑み。

「イイコト、教えてやるぜ三十五歳」

何だ、剣術の教授でもしてくれるのか。
しかしまた堪らなく厭味な物言いだな。

「「突き」だけじゃあ、俺を満足させられねぇぜ?」
「───ッ!!」
「偶には小技ってモンも大事だ」

言って剣を収めた奴は、固まる俺の横を意味ありげな笑みを浮かべて通り過ぎ、小屋へ戻っていった。
真の意味が瞬時に分かった俺としては、情けないやら恥ずかしいやら。
しかし、ヤる気をしかと与えられたのは言うまでもない。


堪らなく厭味な言い方で。







お題提供サイトさま
絶対運命