当然の反応だと思った。
人一倍自尊心が高く、実際それに見合った生き方をしている。
思い通りにならなかった事など、恐らく無いだろう。
───この俺と会うまでは。
想いを告げ、突き放され、それでも何度も会いに来た。
いいように躱されて、言う程離れてもいないと感じていた年の差を思い知らされる。
だが全く手応えが無い訳でもない。
確実に、距離は近付いている。
遇われる日々が続いても、そのまま温和しくしている俺ではない。
無理矢理迫って、隅に追いやって。
抗う奴の唇を吸った。
殴り飛ばすならやればいい。
舌を噛むならそうすればいい。
だがこいつは、それどころか今まで抵抗していた腕の力さえ抜いてされるがままになっている。
唇を離しても、向けられる視線以外は殆ど微力なものだった。
「…捕まえた」
快く受け入れられたとは到底言えないが、自然に口をついた言葉は大方間違ってはいないだろう。
反撃されないのをいい事に、俺は笑っていたかも知れない。
「もう俺から逃げるな」
長い髪に触れて口付ける。
俺でいいのかと弱々しげに発した唇に、俺は再度自分のそれを合わせた。
微裏注意。
自分とは違って、こいつは色々な表情を見せる。
他人を嘲笑う顔、自信に満ちた顔、土を弄る真面目な顔、怒鳴った時の顔。
酒を味わう幸せそうな顔、誘った時の顰めっ面、悦がっている時の、顔。
中でも一番普段と懸隔している表情というのは、青い双眸から涙を流す、泣き顔だろう。
一度見た事があるが、それは半分奴の意思ではないし、俺としても不本意だ。
だがそそったのは確かで。
姑息な手段を使わず、自分の手でそれを見る事が出来たならどれ程高ぶるか。
毎回そう思う。
「…んだよっ‥」
涙を流す場面というのは他にも色々あるが、俺が一番に求めるのはやはりコレだ。
「いや?別に何も」
「…っ」
知らずと流れる涙もいいが、ここは如何にして自分の意思で、俺に向けて、涙を見せるかが大事だ。
追い詰めて追い詰めて、いざと言う時に手を離す。
虚を突かれたこいつも珍しい。そうやって、焦らしてやる。
だがこいつもいい大人だ。そう簡単に理性の箍は外れない。
加えて妙に勘がいい。
「…最近多いな、ソレ…凝ってんのか?」
最後にくくっと無理に笑うのがこいつらしい。
少しの所で止められて苦しい筈だが、それが奴なりの抗い方だ。
「まぁな」
その証拠に、少々息が荒い。
が、先の奴の台詞通り、何度となく試してみたが成果があげられない。
そう、俺が見たいのは比古からの、懇願の涙。
困難な試練だとは、相手がこいつと知れた時から百も承知だ。
「…ッ……!」
最近声を抑えるようになったのが気に入らないが、それはまた別の話。
頭の先から足の先まで、隈なく可愛がってやるがそれぞれの核心には触れない。
主張するソレには息が掛かったかも知れないが。
「てめっ‥わざとやってんだろ…ッ」
「…何がだ?」
自分でも分かる。
意地の悪い顔をしている事ぐらい。
気を抜いた所で唇を吸ってやれば、可愛くない態度とは裏腹に逃げる素振りを微塵も見せず応えてくる。
やはり流石に辛いと見える。
離れて見た奴の目は、微動だにせず俺を射る。
───「欲しい」と。
「口で言え。泣いて縋れ」
内股を、触れるか触れないかの位置でゆっくり撫でる。
感触がある度にビクビク震える様に俺は目を細めた。
「…っく、そ……ッ!」
きつく眉が寄せられる。
意地でも堪えるつもりだろうか。
俺自身も本当は辛い。辛いが、ここは我慢だ。
「要らないのか?」
仕方なく、指の腹だけでそこをなぞってやる。
口で湿らせた指は、軽く押しただけで飲み込まれそうだ。
「…んッ‥ぅ…!」
手で口を覆い、出るはずの声を閉じ込める。
「聞かせろ。声」
それを外してやると、比古は汗で前髪が張り付いた顔をこちらに向けた。
その瞬間、恐らく俺は間抜けな表情を作っただろう。
羞恥で赤く染まった頬、相変わらず眉を寄せて鋭く射る瞳には…溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「早くしろッ…!馬鹿野郎‥!」
零れる涙。揺れる双眸。
全てが俺の物だと思った時にはもう、夢中で貫いていた。
「台詞は気に入らんがっ‥泣いた顔は好きだっ」
「ッ馬‥鹿…かっ‥‥あっ、ッ!」
この日もやはり声を抑えていたが、それはまた次の機会に躾け直してやるとする。
今は、明日の朝の仕打ちをどう逃れるかしか考えられない。