「っ!」
いつものように帰れ帰らないの攻防戦が繰り広げられる山小屋。
一時休戦とばかりに、まだ済ませていなかった食事に手を付ける。
大して量の無い山菜しか並んでいない。
それを体躯に似合わず少量ずつ、且つ相手にグチグチ文句を言いながら口に運んでいたその時。
比古は舌を噛んだ。
「物を食べながら喋るからだ」
すぐ向かいで煙草に火をつけようとしていた斎藤が笑う。取り出した煙草と燐寸は使用されずに元の位置にしまわれた。
相当強く噛んだのか、苦痛に眉を寄せ口を手で覆っている比古を見る。
こんな小さなことで怯んでいる男を珍しく思い、その上舌を噛んだことに対して滅多に見えない子供っぽさを感じながら。
「俺に帰れと言った罰が当たったってことだ」
「うっせー」
量が減らなくなった山菜を手でつまんで口へ抛る。塩気が足りなく感じたが食べられないことはない。
むしろ噛むほどに味が増して癖になる。
「なぁ」
呼ばれ、飲み込んだ横目で比古を見ると、口を覆っていた手はどけられて、べっと舌が出されていた。
よく見れば。
「血、出てるぞ」
すぐに治まらないのを見ると、やはり相当勢いよくいってしまったらしい。
斎藤は一瞬その光景を思い返した。再び笑みが漏れる。
「なぁ、舌が痛ぇ」
「………」
帰れと言っていたのは何処の誰だと思うより先に、膝が比古の足に付くほどまでにじり寄る。
斎藤の手が比古の手の上に添えられるが、引くこともせず。
「最強の男も、舌までは鍛えられんようだな」
「あぁ…どうもそうらしい」
「任せろ」
充血して赤くなった比古の舌を、出血しているところから舐め上げて吸う。
鉄の味がしなくなっても、それから暫くは二人の唇が離れることはなかった。
終