悪戯と本能

秋も中頃、とある日の真夜中に目が覚める。
物音がした訳でも、外気が触れた訳でもない。眠りに就く時にはなかった人肌を、背後から感じたからだ。
寝ている状態でさえ、僅かでも気配がすればそれを察する事ができるのは、過酷なまでの修行の賜物。
背後に回られ、密着されたのを気付かずにいるなどというのは、本来ならばこの男に限っては有り得る事ではない。
だが、例外としてそれを可能とする者…言い換えれば、男が気を許した者が存在するのだ。
勿論その人物も、男を起こさぬように、或いは男に気付かれぬようにと、気配を無にして近付く努力をしている。
───だから男には、今後ろにいるのが何者であるのか、見ずとも理解し得た。
…この場合、そうでなくとも正体の分かる状況であったのだが。

「…………」

無防備な脇から鍛え抜かれた厚い胸板の上にかけて、明らかに自分のものではない何かが乗っている。
短くなって消えかかった燭台の蝋燭に僅かながら照らされて、それが腕だと分かると途端に不愉快になり、男はそれを退かそうと身を離す。
と、その瞬間、背後の男の手がするりと寝間着の中へ滑り込んだ。ひやりとした感覚にうっと声を洩らし動きを止めたのも束の間、侵入した手が弱い力で胸を弄り始める。

「やめろっ…!」

必要性が無いにも関わらず声を潜めてしまう。頭を後ろに向け、見えた男はやはり思った通りの人物。
だが未だ胸を這う手とは裏腹に、その顔は穏やかとは間違っても言えないが明らかに眠りの中で。

(寝惚けてやがんのか…?こいつ…)

だからと言ってこの行為を黙認するはずもなく、より引きはがしやすくするように体ごとそちらに向ける。…だが。
寧ろやりやすくなったのは相手の方のようで、眠っているとは思えない程正確に前を開けて突起に唇を寄せてくる。

「げッ‥!」

舌で転がされ、時には吸われ…揉みしだかれ。不覚にも甘い声が出てしまいそうになる。
相手は寝ているのに自分だけが恥ずかしい思いをしているという現状が耐え難く、手で息が洩れる口を塞ぐ。
…が、長く触れ合わなかった身体に快感の熱が伝わるのは速く、例え微々たる刺激でも男の高ぶりを煽るのには十分だった。
他でもない、目の前で寝惚けている男に“開発”された場所ならば尚の事。

「…やめろ‥斎藤…ッ!」

続けられる胸への愛撫。制止の言葉も、斎藤と呼ばれたその男には届いていない。
普段滅多に口にしないその名を改めて声にした事で、より現実味を帯びた感触、光景。
最早男にとっては、拒む思考すら苦しく思えた。

「クソッ……!」

そんな己を恥じながら、膝を曲げて斎藤の股間を確かめる。反応していないところを見ると、やはり欲に従った行為ではなくただ本当に眠りながらの戯れであることが分かる。
反対に男のそれは、その存在を主張し始めている。そして身体は…───眼前の男を求めていた。

上がる息を落ち着かせ、上体を起こす。また腕に邪魔されそうになるのを振り払い、手燭を引き寄せて改めて斎藤の顔を見る。
口と手で弄ぶものが無くなったせいか、それとも単に蝋燭の明かりの加減か、はたまた元々そういう寝顔なのか、少々不満げな表情である。

「…不満なのはこっちだ」

意外にも、居なくなった対象を探す素振りも起きる様子もない。煽るだけ煽っておきながら眠り続ける斎藤に、眠りを妨げられた怒りも上乗せされて舌を打つ。
疼く身体の熱を鎮めるために自身に手を持っていこうとしたが、それだけでは満足出来そうにない事は自分が一番よく分かっていた。
ゆっくりと斎藤を仰向けにし、着替えずに寝たらしい制服の前を寛げる。
雄の部分だけが現れるように丁寧に下げ項垂れるそれを手にとると、躊躇いがちに上下に動かし始める。
ん…と声がするのも気に止めず、顔を近付けた。だが初めての事で多少気が引ける。
今自分がしようとする行為を、斎藤にあれだけされてきたというのに。
男にとっては、自分がするのとされるのとでは羞恥の種類が違うのだ。
覚悟を決め、舌先で触れてみる。今度は唾をたっぷり含んで。次は下から舐め上げて。唇をすぼめて軽く吸い上げると、その感触に斎藤の下肢が震えた。
今この情景を斎藤が見る事があれば、もう既に達していておかしくはない。驚きと感激で最期を迎えるかも知れない。それほどの光景。

「っん‥‥ん…、はぁ‥ッ」

斎藤がどのように自分のを愛撫していたのかを思い出しながら、質量を増してきたそれを懸命に頬張る。
実際事細かに覚えていられる程、いつも余裕ではないのだが。

「んぅ‥っ」
「……ん…んん…」

生暖かい粘膜に覆われて、且つ淫靡な感触を与えられて身じろぐ斎藤の雄が充分堅さを持つ。
自身も限界に近いと感じると、下肢に纏うものを脱ぎ去る。締め付けるものが無くなると、腹に付くかという程の反り返りを見せた。
指を口に含み唾液で濡らし、それを先程から疼く後穴へ僅かずつ挿入して自ら解しにかかる。
固く閉じたそこに丹念に唾液を塗り込むと、久しく忘れていた感覚が瞬時に蘇る心地だ。
だが快楽を得るために自分で触った事などこれが初めてであった男は、今恥と嫌悪の狭間にいる。
唾液による微かな水音が、男の指の速度を知らず速めていく。

「‥ぁっ、あぁぁッ…」

己の指だけで上り詰めてしまう前に止め、ゆるゆると斎藤の足を跨ぐ。
その位置まで場所を移動すると、熱くなった雄が尻の谷間に触れる。男は小さく声を挙げると同時にぴくん、と震えた。

体重をかけないように膝立ちになり手を付くと、男の奉仕に感じ薄く口を開けた寝顔が近くなる。
まるでこれから自分が挿れるかのような錯覚。

「起きるなら今だぞ…寝惚け野郎っ…」

吐息混じりに。艶のある声で。
後ろ手にやんわりと竿を掴み、腰を上げて宛がう。すぐに伝わる圧迫感に呼吸が詰まり、咽を開けば甘い息が吐き出された。
容易には入らないながらも、その形や太さを思い出させるように、ゆっくり腰を落としていく。
しかし根元近くまで埋め込んでも、時折吐息を洩らす、自分より体格の小さい斎藤へ体重を預ける事はしない。

「はっ‥ぁ…熱い‥…ン‥」

痛みに唇を強く噛む。そうしながら再び足に力を入れて腰を浮かせ、また沈める。それを繰り返せば、痛みは次第に求めていた甘美なものへと変わる。
平素やらないことばかりの連続で抑制の箍が外れたのか、名を呼び、喘ぐ声さえ押さえがない。

「ん……」

艶かしい腰の動きと下半身の違和感に、斎藤がその瞼を薄く開く。

「んん‥ひ、こ…?…───比古ッ!?」

大きく目を見開いて驚く顔など、この男にしては珍しい。が、それを遥かに凌ぐ光景が展開されているのだ。
完全には満たされないもどかしさに眉を寄せて、自分に跨がり腰を振る。泣きそうな、甘い声。
自身の雄が内壁に擦られているのを知ると、途端に血がそこへ集中するかのように熱くなった。

「ひあッ、ぉま‥馬鹿っ!」

急に圧迫感が増し、抽挿の動作が鈍る。不慣れな行為による中途半端な高ぶりが行き場を無くし、比古の膝が小刻みに震えた。
斎藤の骨張った手が腰に宛てがわれる。

「嬉しい状況だが‥説明してくれる気はっ‥ないか?」
「…お前が悪い‥ッ責任、取れよ‥!」

斎藤の両脇に付いた手をぐっと握り睨みつける。
蝋燭の燭が、瞳の中で揺れた。



「───ッ‥!んッ!あ、ぁッ!!」

掴んだ腰を押さえ付け、下から激しく打ち付ける。
上り詰めそうになりながら、何度も、何度も。

「おいっ体、支えるな…!」

斎藤が眠りから覚めても、自分から快楽を求めずともよくなっても、比古は震える膝と腕の力を抜く事はしなかった。
その分、比古の体内に埋め込まれる筈の斎藤の雄は、思う程深くは入らない。
最奥まで穿ち、肉と肉が合わさる感触。それこそが、自身が求める支配欲と快楽が満たされ始める瞬間なのに。

「…気ッ…‥遣って…ッ!‥やってンだろ、が‥!!」

短い間隔で呼吸する苦しそうな様子は、間違いなく斎藤が与えているもの。
だがここまでしても未だ理性を手放さない事への不満が生まれる。

「フ…見くびるな…お前の目方ぐらい片手で持ち上げても釣りがくる」
「言ってろッ……!」
「いいから来い。もっと啼かせてやるっ…」

しかしなかなか体重を預けようとしない比古の、まず両腕を払った。
よもやそんな事をされるとは思ってもいなかった比古の上体は、完全に斎藤に覆い被さった。
と同時に、途中まで埋まっていた陰茎がズルリと抜ける。

「うぁっ‥!?あぁッ!!」

勢いよく自分の中から抜け出た感覚に、内腿が痙攣する。膝は付いたままで、尻が高く上がっている。
胸に顔を落としたまま肩で息をする比古の髪を撫でる斎藤。

「はぁ…はぁ……何…しやがる…」
「抜けてしまったぞ…?いいのか?」

そう言いながら視線が交わると、どちらからともなく唇を合わせた。
行為が始まってから初めての接吻。上下唇の裏や口蓋までもねっとりと舐めあげる。

「本当に夢でも見ているようだな…」

飲み込もうとした銀糸を比古に奪われ、普段には無いその積極性に眼を細める。
目を覚ましてからもとより、いつもの彼ではなかったのだが。

「あっ‥」

落とし始めていた腰に背中から這う指が、そのまま一本後穴へ移動する。
先程まで斎藤の一物が入っていただけにその侵入は容易い。
だが。

「どうした…このままでいいのか…?」
「…っ‥ん…」

第一関節が短く抜き差しを繰り返すのみの、もどかしい責め。
眉を寄せ視線を逸らす比古に口角が上がる。

「腰を上げろ。俺が入れてやる」
「待て……俺が、やる…」
「……」
「今日は‥全部俺がやる…」

本当にどうしたというのだろう。
この上ない申し出ではあるがあまりにも豹変しすぎている感がある。自分が眠っている間に一体何があったのだろうと斎藤は訝しむ。

比古は上体を起こして下がった裾を捲くり上げると、斎藤の腰辺りに片手を付き、また少し腰を浮かせ後ろ手で隆々と勃つ陰茎を握る。
その様子だけでも血が結集する思いである。
陽根頭部が尻の谷間に吸い込まれ、入口にその先端が当たる。
前後左右に動かして穴を広げると待ち望んだかのように斎藤が突き上げ、不意を突かれた比古は声を洩らした。

「いい声だな。そのまま膝を立てて座れ…」
「あぁぁ‥あぁぁぁっ…」
「もっとだ…もっと深く…」

深く腰を落とせと、斎藤は比古の足を開かせる。
そうして徐々に下腹部にかかる比古の重みに満足する。今自分は、全て比古の中へ収まっていると。

「くっ、あッ…!!あぁっ‥あッ」
「いいぞ、よく見えるっ……」

羞恥で頭を下げると、結い紐が緩んだ黒髪が前に垂れる。
残り少ない蝋燭の火でよく見える筈がないのだが、夜目が利くのだろう斎藤にそう言われると本当に見られている気になり、昂奮が蓄積される。
揺れる明かりで浮かぶ比古の一物の明暗と、溢れる液が橙色に光る様は確かに淫猥であったが、比古はそれに気付いていない。
斎藤の腰に付いた手をその制服ごと握り締めると、徐に腰を上下させ始める。
中はきつく、比古も強く内壁を擦られて足の力が削がれるのだろう。次の動作までの間隔が僅かに長い。
焦らされるのは斎藤である。尤も、自分の上に跨がって雄を咥えこみ、腰を振る比古に微塵の不満も無い。
熱い比古の内部の感触と、その艶姿と言っていい程の媚態を見て膨脹する己が一物。
もっと激しく打ち付け交わりたいが、自分のそれが比古の動きを妨げるという悪循環。

「そっ、んな‥でかく、すんなッ…」

自分がどれ程の官能的な姿を曝しているのか知るといいと、斎藤は思う。
ふっ、と鼻から抜けたような息を吐き、肉と肉が密着する。自らの重さで奥に届く感覚に震える全身。

「足りないのだろうっ…?もっと‥腰を振って見せろ…ッ」
「ぅ……っせぇ…ッッ‥!!」

すると比古は、斎藤の腰に宛てがっていた両手を、上体を少し反らして後ろに付いた。
自然その両手に重さが掛かる。そしてより結合部が露になった。纏った長着から下肢だけが丸見えになっている様は改めて卑猥である。
斎藤は知らず喉を鳴らした。

「ふっ、んッ‥んぁっあっ、あっ!」

身体を前後に動かすと、抜き差しされる陰茎と纏わり付く肉襞が生む微かな水音が二人の耳に届く。
幾度か速い抽挿を繰り返せば、行為を始めてから堪えていた絶頂感が愈々解放される。

「ああッ!イ‥ッく!!っ!!出る‥ぅ…アァァッ…───!!!…ハッ…ッ?!!」

勢いよく放出された音が聞こえたのも束の間、我慢していた射精を終えて弛緩した比古を間髪入れずに押し倒す斎藤。
足が肩に掛かり身体を折り曲げられた恰好で僅かな痛みを感じた比古だが、突然下りてきた唇と激しい下肢の振動にその苦痛は瞬時に消え去る。

「んむっあッあぁッ!!んっ‥あァッ!はっ、ぁッ…!」
「くっ‥!…ッ、ぅっ…!比古ッ‥!」
「待っ…!!ぁあ、あッ‥!!さぃ…っ!!んぁっあッ」

比古の低い嬌声が、斎藤の烈々とした腰の律動に合わせて夜の庵に響く。
今までに無い程の激しい動きに、流石の比古も状態が状態なだけに驚き、身体が付いていかない。
制止の言葉も塞がれて、揺さ振られて、全く声にはならなかった。

「ッは‥折角、何もせずにッ大人しく寝てっ、やったのに…ッ、お前から求めてくるとはっ‥なぁッ!」
「ぅんッぁぁっ!!‥あ、ハッ‥はぁ‥はぁ……っ‥」

逆光だが、壁に反射した燭でうっすらと相手の表情が分かる。
腰の動きを緩めてやれば、荒い呼吸を繰り返す比古の額に汗が浮いているのが分かった。

「普段からそうすれば‥少しは可愛いげがあるんだがな」
「勘‥違い…するな…ぁ、はぁ…てめぇの…手癖の悪さには‥呆れるぜ…っ」

何が大人しく寝てやっただ、と睨む比古の口を吸い、斎藤はまた腰を打ち付ける。
いつもの整った髪が乱れた斎藤の、熱い息がかかる。浮かべた笑みが猥りがましい。

「ともあれ煽ったのはお前だ。満足行くまで、付き合ってもらうからなっ…」
「……ッん‥!はっ…ぁ!」

袷を開け、袈裟掛けに走る傷と乳首に唇を寄せる。
覚醒してからは初めての胸への愛撫となる。しかしそこは既に唾液で濡れた跡があった。
と同時に、斎藤は夢で見た光景を思い出す。もしかするとあれは夢ではなく現実だったのだろうか、と。

「ふっ、どうやら俺は手癖が悪いだけではなかったようだな…」
「今頃、気付いたかっ‥ァッ馬鹿め…」
「その後の、お前が俺のを咥えていたのは‥本当に夢、なんだろうがっ…」

その瞬間きゅっと締まった後口に、斎藤の一度目の吐精が訪れる。

「うっ、ぁぁっ、比古ッ…!」
「ンッぁあ‥あ…ッ」

射精の一瞬前に陰茎を抜き、比古の陰嚢から尻にかけて白濁を吐き出した。
比古は足を下ろし、性交後の甘い気怠さに身を委ねようとする。が。

「ッ!おいっ‥!?」
「咥えたのか?」
「…………」
「…咥えたんだな…?」
「…………」

顔を背けるのが肯定の証。
斎藤は比古の足を大きく開かせ、そのまま勢いよく雄を突き入れた。

「イッ…!?──馬鹿ッな、にすんだっ…!!」
「惜しい事をしたと思ってなっ…!!それにッ……」
「ふ、あっ!あああぁ…ンッ!!」

抽挿の間隔を長くし、全て埋める時には刔るような動きで内腔を刺激する。

「今し方言った筈だ、満足行くまで付き合ってもらうと…なッ!!」

一層深く侵入させれば、低くも艶のある波声が返ってくる。
女には無い比古のその低音が、斎藤は好きだった。

「あぁッ!あ、ぃっ…さ、いと…ッ斎藤…!!」
「そうだっ…もっと声を出せ‥…もっと…もっと呼べ…!!……ッ!」





「───いつまでそうやってるつもりだ」
「…気が済むまで、だ」

明けて。
陽が射すようになった庵の中では、湯浴みして戻ってきた比古を辟易させる状態が続いていた。

「ガキかお前は」
「お前よりはな」

情事を終えてから、斎藤が気落ちしているのだ。
比古が自身を初めて奉仕する姿を見られなかったから、と。
呆れて物も言えない状況に、比古の怒りは募るばかり。
…自分とて、したくてした訳ではなかったのだから。
更に追い撃ちをかけたのは、起きぬけに聞いた「もう一度やれ」の一言。
一発殴り飛ばしても、斎藤の不満は拭えなかったようだ。

「クソッ…人生で五指に入る程の失態だ」
「そこまでのもんか……」
「お前が分かってないだけだ」
「あぁそうかよ」

溜息を吐きながら、皺だらけになった寝間着を拾い上げる。
もうどちらのものとつかない精がこびり付いて、つい顔を背けたくなる。すぐに外の桶へ放り投げた。

「別にいいだろ。それ以外にも…色々、してやったんだからよ……」

珍しく煙草も吸わずにいた斎藤の眼が開く。
そうだ。自分の上に跨がる比古。自分で腰を振る比古。
何れも今まで見たことが無く、何れも見たいと切願していたものだった。
そう思うと、消沈した気持ちが沸々と蘇る。

「…ったく、何で俺がお前なんぞのご機嫌取りなんかしなきゃならねぇんだよ…」

こんな下らねぇ事で。
そう付け加えた直後、立ち上がってすぐ傍まできた斎藤の手が、濡れた黒髪を一房掬って口付ける。
金の双眸と青のそれが一瞬笑う。

「可能性が有ると分かった。これからの俺はしつこいぞ」
「ふん、ならいつもと同じじゃねぇか。せいぜい骨を折る事だな」

厭味なそれにニッと笑みを浮かべて答えると、髪を持つ手を放して自分も湯に向かう。
一瞥もせずに、比古は敷布団へ手を掛ける。自然に視界に入るのは、全て燃え尽きた手燭の蝋燭。

「……らしくねぇな。どうもあいつと居ると」

変化が見られない程度に頬を紅潮させ、比古は大きく息を吐いた。
蝋だけになった手燭に、炎が揺れた気がした。