不朽の印



夜勤の者と交代し、帰宅の為着替えをしていた斎藤。
普段ならそのまま署を出るのだが、この日の茹だるような暑さでひどく汗をかいた。
服が張り付くのを嫌い、汗を吸った上着を乱暴に脱ぐ。
他にも数人の同僚が、彼と同じように帰り支度を整えていた。

「それ全部刀傷か?」

自分の体にある傷を見て、ある同僚が話を投げ掛けてくる。
殆ど消えかかっているが、新旧含め完全に無くなる事はない傷が数ヶ所ある。
中には刀傷ではないものもあるが、面倒なので全て肯定した。
斎藤のずば抜けた剣の強さからして、明らかに過去のある人物であるという事は誰しも想像に難くない事実である。
幾つか走る傷を間近で目撃して、同僚達の憶測もより確固たるものになっただろう。

「でも流石、背中には一つも傷が無いな」

一人が感心したように漏らすと、皆の視線が斎藤の背中に集中する。
構わず替えの服を被る横で、己の体の貧弱さを嘆く声がぽつぽつ聞こえる。

「後ろ傷ってのぁ、どんな相手にだって隙を与えてしまったか逃げたかで付くもんだ。何時から剣を握ってたか知らないが、やっぱり只者じゃなかったんだなぁ藤田」

バシッと肩を叩かれるのが不快だったが、相手はそんな事はお構いなしといった風に笑っている。
普段決して賑やかな仲間達ではないが、職務終わりである事と、いつも一匹狼然とした斎藤が、不満も言わず話題の中心になっている状態が珍しくもあり、嬉しいのだろう。
出世や矜持ばかりを気にする者が多い中で、ここの連中はそうではない人間が集まっているようだ。

「でもよ藤田、アレすら無ぇってのも些か問題って話だぜ?」
「そう言えばそうだな。普段も冷めてるが、アッチの方も淡泊って事か?」

アレ?アッチ?
仕事の汗と熱気が充満する部屋の中で、一人着替えを終えた斎藤だけが首を傾げていた。
勿論実際は体勢を一切変えず、棚に凭れたまま話を聞いているのだが。

「まぁまぁ。考えてもみろ、藤田の仕事量は俺達とは比べようも無い程多いんだ。流石の体力でも夜まではもたないだろうし、女の方が気を遣うだろ」
「そりゃ言えてるが、まさかずっとしないなんて事ぁないだろ?」

漸く話の内容に合点がいった斎藤は、腕を組み直して小さく鼻で笑った。
だが、言われてみると確かにソレの記憶が無い。
気にした事が無いと言えば嘘になる。しかし、だからと言って執着してもいなかったのだが。

「腕が立って頭も切れて、これに男の勲章が加われば言う事無しだ。な!」

(男の勲章…か)
既に斎藤の思考は出張もしくは休暇申請に埋め尽くされようとしていた。
勿論その行き先は…

「えろうすんまへん!ここに斎…藤田の旦那いてへんかー?」
「…五月蝿い。明日にしろ」
「そんな事言いなや。例の密売人殺しの下手人、逃亡先の確かな見当がついたんや」
「……場所は?」
「えらい張り切ってはるわ。何せ京都やさかいな〜」

斎藤はぴくりと眉を跳ねさせる。含みのある笑顔で、怒髪天を衝く様の男・張は、持っていた書類を指で一度弾いた。

「思っきり管轄外やけど、どないします?」
「向こうに協力要請。俺が行って直々に締め上げる」

りょーかい、と指を二本揃えて返事をする背中を見送り、斎藤は慣れた手つきで懐から煙草を取り出し口に挟む。
やり取りを側で聞いていた同僚達が感嘆の息を吐いた。中には冗談混じりに揶揄する者もいる。

「向こうさんに任せりゃいいものを。その意欲をうちの若いのに分けてやって欲しいねぇ」
「いや、これでまた当分背中は無傷のままって事だ。分けてやるのは藤田自身のアッチの方にだな」

違いない、と先程の話を盛り上げていた数人が便乗する。本当なら余計な世話だと思う所だが、ソッチの意欲が湧いたからこそこの決断をした斎藤としては、勝手に自分を性欲に対して淡泊な人間だと思い込んでいる同僚達の姿が、何とも可笑しくてならない。
まだ火を与えていない煙草をずらしながら、何も知らない仲間達に向けて笑みを零した。

「生憎東京には、俺を本気にさせる相手が居ないんでね」






京都で犯人を捕らえるのは、予想より早く済んだ。
丁度潜入捜査をしていた密偵に、最近新しく顔を出すようになった男を中心に探らせると、斎藤が京都へ着く頃にはもう数人に絞られるまでになっていた。
斎藤に任された後は文字通り締め上げるまで一日と掛からず、憐れな逃亡劇は呆気なく幕を閉じた。

「こいつは東京まで護送だ。お前一人でも構わんだろう」
「は?あんさんはどないしますのや」
「俺は片付き次第休暇だ。つまり、今から」
「……わざわざこっちまで出向いたんは、端っからソレが目的やったんやな…」

目を細めて呆れた反応を隠そうともしない張を尻目に、溜息や悪態すら聞こえない振りをして、書類の入った封筒を張に押し付ける。
じゃあなと短く別れを告げ、自身は足早に夕暮れの京へ、半年振りの顔を思い浮かべ繰り出した。





提灯要らずの月夜の山道に、漸く人家の明かりが見え始めた。京都の夏はやはり暑く、夜の山間と云えど額には汗が浮かんでいる。
明かりが一際強くなったのを受け一瞬目を逸らすが、すぐに家主が戸を開けた為だと気付いた。
距離があってもそれと分かる、大きな人影。

「呼び掛ける前に出迎えとは、随分殊勝な事をするようになったじゃないか」
「胸糞悪い殺気を感じたんで叩き斬ってやろうと思っただけだ」

殺気とは失礼な奴だと思いながらも、口元が緩むのが分かる。
煙草を取る振りをしてその笑みを隠し、持参した酒を相手の顔まで掲げる。半年振りに合わさる瞳は、逆光でも美しい青のままと知れた。

「それだけ置いて帰れと言っても無駄なんだろう」
「それなりの対価は貰うさ」

己より少し上にある唇に、煙草を挟んだ手で触れる。が、柔らかなその感触を味わう前に顔を背けられ、追うように紫煙だけが目的の唇を掠めた。
相変わらずの態度に苦笑し、後に続いて明るい室内に入り込む。晩酌の前だったのだろう、栓を開けていない見慣れた酒が囲炉裏の側に置いてある。
それを自分が持ってきた物と置き換え、早々に栓を開けて差し出した。

「毎晩手酌酒も淋しかろう」
「うざってぇ顔に酌されるより遥かにマシだ」

並々と注がれた清んだ酒をゆっくり一口含んで味わう様を、その後に見せた満足そうな笑顔を、何一つ見落とさぬように視線を遣れば、案外見つめられる事に弱い比古は残りを飲み干し斎藤の手から徳利を奪い取った。
些か乱暴に注ぎ差し出すと、跳ねた液体が比古の指を濡らす。
その杯を受け取る───振りをして斎藤は手首を掴むと、反射的に腕を引いた振動で縁から零れ指に流れ伝う酒を吸った。
膚にまで吸い付くと僅かに反応が返され、気を良くした斎藤は比古に杯を持たせたまま、比古の手から酒を飲み干した。
上手く含めずに端から流れる筋を手袋の甲で拭い、文句を言いたそうな眉間に情欲の眼を向ける。目的を持ったその瞬間から、もう斎藤の我慢は限界の際まで追い詰められていた。

「…いいか?」

膝を付いてにじり寄る。酒に濡れた唇に触れたくて仕方がなかった。

「…ったく来て早々……湯浴みしてからなら、考えてやってもいいが?」
「気にするな、お前の汗ならむしろ好物だ」
「気色悪い事を吐くな。汗と埃塗れのお前に言ってんだよ馬鹿野郎。寛げもしねぇで暑苦しい格好しやがって」

任務終わりの汚れた制服のまま、更に山道を歩き続け流石に目についたのだろう。
そもそも、意外と几帳面で若干潔癖の気がある斎藤がそんな姿のまま事に及ぼうとするのに違和感を持った比古が、珍しく指摘した。
言われた斎藤は、確かに暑いときっちり着込んだままの自身の見形を確認したが、すぐ視線を上げた。

「一緒に入るか?」
「今すぐ斬り殺しても文句は無ぇな?」

額の青筋でさえ、見ることが出来て頬が緩む程の離れた期間。それを埋めるように、握った比古の手にもう一度唇を落とした。

「逃げるなよ?」
「…お前次第だな」






「んっ……ッ」

漸く許された唇。自身の濡れた髪が纏わり付くのさえ厭わず、顔が離れないよう手で包むように後頭部を押さえる。
苦しさに息を吸い込もうとする口を悉く乱暴に塞いだ。

「…ッぷぁっ…!はっ‥はぁっ……お前‥殺す気か…っ…」

繋がった銀糸は離れた瞬間名残惜しげに切れ、比古の唇を美しく濡らした。
荒い息は間近で感じられ、行灯の光を受けた眼は潤みこちらを睨みつける。

「お前に飢えてこっちが死にそうだ」

まだ足りないとばかりに再び口付けると、今度は比古の方から舌を出し迎え入れた。どちらの物とつかない唾液とその音に徐々に昂揚し、斎藤は比古の肌を露わにしながらゆっくりとその身を押し倒す。
案外ふっくらとした下唇を優しく吸い、首筋へ流れるように移動させる。呼吸を整える為に上下する胸に手を乗せれば、明らかな反応の違いが見て取れた。

「良い色だ」
「うっせー見んっ…ッ…!」

一撫でした胸の突起に吸い付き、唾液をたっぷり含ませて舌で転がした。同時にもう片方を指で愛撫すれば、比古の肩がビクビクと震えて鳥肌が立つ。
筋肉で盛り上がった胸全体を優しく揉み、音を立てながら唇を離した。

「久し振りだから感じやすいか?……ん?」

比古の下腹部に違和感を覚え、視線と手を下げる。

「っ‥…ぁ…」

生地の色が変わり不自然に膨らんだそこを捲くると、下帯を着けていない雄が少し頭を擡げているのが目に入った。
比古はばつが悪そうに斎藤の顔を盗み見たが、瞠目するだろうという予想は大きく外れ、代わりに機嫌の良い笑みを返される。

「俺が風呂に行ってる間に…そんなに待ち切れなかったのか」

濡れて無造作に垂れる斎藤の髪を顔が見えやすくなるように掻き上げ、顎の線をなぞりながらその手を下ろす。
一転して挑発的な比古の表情に、斎藤はゴクリと唾を飲んだ。

「…飢えてんのは何も、お前だけじゃないって事だ…」

刹那、息を奪うような情熱的な口付け。同時に斎藤は、露わにした比古の雄を扱き始めた。
突然の強い刺激に一度は声を挙げた比古であったが、すぐに吐息だけのそれに変わる。不満な斎藤は手の速度を不規則にし、陰嚢も強弱をつけて揉み拉いた。
先走りの体液の滑りがぬちぬちと音を立てる。

「濡れてきたぞ?気持ちいいか、比古…」
「あっ、く…‥ッ」
「声を出せ…堪える姿もそそるが、もっとお前の声が聞きたい」
「あァッ‥!お前っ…それ止めッ‥んァ‥!」

鈴口を指先で軽く引っ掻いた途端、比古の腰が浮き、一際大きな声を響かせた。
これまで特に抵抗もしなかった比古だが、刺激が直接脳に伝わるそこばかりを執拗に責められ、嬌声を漏らしながら元凶の手を押し退ける。
斎藤は大人しく解放しつつにやりと笑い、上体をずらして既に天井を向く比古の陰茎に息を吹き掛けた。あっと比古が体を起こそうとするのを止め先端から出る液を舐め取ったかと思うと、そのまま棹全体を舐め、陽根頭部を口に含んだ。
口淫に慣れていない比古は止めさせようと手を伸ばし腰を引くが、斎藤は構わずむしろ好都合として続ける。月日は経っても、弱い部分は変わらないとばかりに責め立てた。

「やめッ…あっあぁ‥いッ…ぁッイイッ…!」
「そうだ‥良い声で喘げ…」
「っ‥そ、こで…ァッし、喋んなァッ‥!…もッ‥…るっ…ゥ…」
「あぁいいぞ…このまま出せ」

嫌だと頭を振りながらも、指からの愛撫が加わってしまえば流石の比古もきつく眼を閉じ白濁を手放した。無論出した先は斎藤の口の中で、眼を開いた時に喉が上下する瞬間を見た。

「…舐めた…飲んだ」
「だったら何だ?」
「…もう接吻しねぇ」
「………固い事を言うな」
「嫌だ」

その後斎藤は何度か口付けを迫ったが、両腕で顔を覆ったまま終ぞ許される事はなく、諦めて元の位置に戻った。
半年振りの営みは予想外に気恥ずかしく、その上での不慣れな口淫であった為の照れ隠しだと気付かれたくなかった比古の勝利である。
少々不貞腐れた顔を見ると、途端にこの年下の男が愛おしく、それでいて可笑しさも込み上げて、後でしてやったらもっと面白ぇ顔しやがるだろうなと僅かに笑みを浮かべた。
その時。

「───あッ!?」

突然腰が大きく持ち上げられ、浮いた足が斎藤の両肩に掛かる。そうなると当然、股の間に顔が来る訳で。

「…お、ろせっ…」
「お前が口を吸わせないなら下の口を吸うまで。下ろそうが下ろすまいが、今からする事は同じだ」

そんな末恐ろしい事を言って比古の足を掛けたまま体勢を安定させ、掬った先走りの液や自分の唾液を後孔へ塗り付けながら、睨みつける瑠璃紺に視線を合わせる。
頭の位置が低く辛い姿勢だが、体を捻れば容易に解かれるであろう。にも関わらずそうしないのは、拒否の言葉は上辺だけだという証拠だ。
指で触れる度に微かに跳ねる腰。斎藤は更に腰を持ち上げ、舌で直接固く閉じるその場所を潤しに掛かった。
堪らないのは比古である。ただでさえ不安定な体位で我慢していたものを、秘所を相手の眼前に曝け出されるどころか、生暖かい舌で舐め回されるとは思ってもみなかった事だ。

「おいっ止め‥ッ!ぁっ‥ッ…舌っ…入、れん…なッ…」
「ちゃんと準備しないと……痛いのはお前だぞ…?」

わざとらしく吸う音を立てながら、斎藤は逸る気を抑え入口付近を丹念に濡らしていく。比古の体を下ろした後も暫くそこから顔を離すことが無かった。
長く節くれだった指をつぷりと中に挿し入れると、比古は甘い喘ぎを絶えず紡ぎ、本数を増やし中で曲げれば知らず快感に腰を揺らした。
硬さを取り戻しつつある雄に自分で触れようとするのを止められ、怪訝な眼を向けるとそこには、幾分切羽詰まった表情の斎藤。

「今日の俺に…加減しろと言っても無駄だからな」
「‥あ…?…──アッ!?」

興奮して上昇した体温が、今触れている場所からまた更に広がり上がっていくような錯覚。徐々に入口がその形に拡げられ、身が焼けるような激しい熱が直接伝わり身じろいだ。

「熱、いッ…!ぁッ‥イ…ッ」

長く待ち望んだ結合は勿論容易ではなかったが、斎藤の怒張はゆっくり確実に比古の中へ埋め込まれていく。
薄ら汗の滲んだ喉を仰け反らせ、皮膚が白くなる程敷布を強く掴み激痛に耐える比古の姿。
それを見て斎藤はその手を解いて背に回させようとするが、敷布から離れた腕はこちらに伸びることはなく、波声が洩れる口元を覆った。
(まだ嬌声を恥と思うか…)
そう頭で感じつつ腰を進めるが、ふと違和感を持ち再度比古の腕に注視する。

「───っ!!阿呆がッ‥!」
「あっ‥うッ、く…!!」

くっきりと歯形の付いた腕を引き剥がすように掴み上げ、滴り落ちようとする赤を睨み付けた。そして今度こそ腕を回させ、身体をより密着させて一気に突き入れる。
閉じきっていたそこに走る裂けるような痛みに、比古は眼をきつく閉じ悲鳴をあげた。
その瞬間も、斎藤は律動を止めることは無い。

「‥お前にっ…痛みを与えているのは誰だっ‥!?俺だろう…ッ!なら、俺に痛みを‥傷を付ければいいっ…!」
「アッあぁッ‥ぁあッ!いっ、ぁうッ…ンあぁっ!」
「その腕に、血を流す程噛み付く位ならっ…俺の背に爪を立てろ‥!お前の痛みを俺にも寄越せッ…!!」
「やっ…ぁ、あァッ‥ぐッ…ぅン‥!」

歯を食い縛り、残る理性で頭を振る比古に舌打ちし、一度最奥まで打ち込み小刻みに律動の速度を速める。
回された腕に力を感じないまま暫く続けていると愈々比古の瞳から涙が伝い、上気した顔に恍惚な表情が浮かんだ。微かに腰も揺れ始め、どうやら痛みだけではない刺激も感じているようだ。
斎藤は口端を上げ、低いながらも甘い艶声に変わった比古に口付け───ようとして僅かに思い止まった。理性を手放しかけているとは言え、頑なに拒否されたばかりである。
だが、涙で潤んだ双眸に捕らえられたかと思うと、頭を引き寄せられ唇が重なった。鼻から抜ける息さえ艶めかしい。搦め捕る厚い舌も、混ざる唾液が弾ける湿った音も、全てが鼓動を速めさせた。

「や……ぱり‥驚いて…やがる……」

思った通りだと笑う比古に訳を問うこともせず、いきなり腰の動きを再開する。不意打ちに声を挙げた比古は、斎藤を鋭い目付きで睨むが、効果は無い。

「比古……っ‥」
「ンッ…ぁ……あっ…」
二度三度啄むように口元や目尻に唇を落とし、互いの先から溢れ出る先走りによる淫らな水音を耳に響かせる。既に空気が混じり白くなったそれは、腰を打ち付ける度に二人の下半身を糸で繋いだ。
最早先程のような激痛は無いにせよ、今度は文字通り身体の奥底に覚え込まされた快楽に震えるであろう自身に、比古は眉根を寄せた。こうなると全身が敏感になり、一体何処に力を入れてやり過ごせばいいか分からなくなってしまうのだ。

「…‥手ッ……」
「…あ‥…?」
「ンッ…本、当に…いい、のか……っ?」

比古の言わんとしている事が、斎藤にはすぐに理解できた。

「あぁ、構うなっ…遅いぐらいだ…!」

その瞬間、嘗て無い程の力でしがみつかれ、顔が見えないのを良い事に頬が緩むのを抑えられない斎藤は、気合いを入れて腰を振った。
内壁を刔り、前立腺を擦る度に、羞恥の箍が外れた比古はあられもない嬌声を発し、背中に突き刺さる痛みと共に知らず斎藤を喜ばせた。
互いの腹の間で擦られ硬度を取り戻していた比古の陰茎は、再び吐精の時を迎えようとしている。

「ッぁ、いと…ッ‥…は、ッ…イああ、あっ!イ……くぅ‥ぅっ!」
「イけ……っ声‥抑えるなよっ…腕も緩めるなッ…」
「あ出ッ…!はぁっ…出るッ‥!んぁっあっ……アッ‥──!!」

爪先が伸びビクビクと跳ねるように全身を震わせながら絶頂に達し、余韻の痙攣にさえ過敏に反応し甘い声を紡いだ。
一層きつく締め付ける後孔に小さく呻き、首元まで弾けた精を舐め取りつつ斎藤は陽物が抜けそうになるまで腰を引き、脱力しても絡めた腕を解かない比古に笑みを向け一気に最奥まで貫いた。

「───あぅっ‥ンッ!…‥ん‥は、ぁ‥んぅっ…ん」

比古の中に断続的に射精している間にも、斎藤は比古の口腔を貪り、手は前を弄っている。
まだヤる気の斎藤に辟易しつつ、再度大きくなる相手のそれを内部で感じ僅かでも期待した自分を見透かされ、荒い呼吸の中に溜息を混ぜた比古はまた、回した腕に力を込めた。





意識を飛ばされた屈辱に比古が目を覚ましたのは、翌日の昼を過ぎたであろう頃だった。体を動かそうにも流石に今は無理そうだったので諦める。
起きている気配に声を掛ければ、案の定の掠れ声に言葉が詰まった。
半年振りの情事は存外にも燃え上がったらしく、常なら始まる起き抜けの小言も言い出す気すら起こらない。
ただ比古には気になる事があって。

「やけに拘ってたじゃねぇか」
「何がだ」
「爪、立てろって」
「…固執する気はなかったがな。お前があんな事をするから腹が立った」

そう言い、斎藤は手の甲付近に残る歯形をぺろりと舐めた。既に出血は止まっていたが、相当強く噛んだ為かピリッと走る微かな痛みに加え、腫れた部分に響く鈍痛に比古は眉を顰める。

「お前こそ、最初何故それを拒んだ」

斎藤としては、一番比古が辛いだろう挿入の瞬間にもそうして欲しかったのだが、肝心のその時に比古は自身の腕を噛み、歯を食い縛り、その後も挿入の痛みが和らぐまで爪どころか腕に力さえ感じなかった。
過ぎて以降斎藤の望み通りに、与えられる快感に耐えるように強く抱き付いてきたものの、やはり不満は残る。

「……この俺を組み敷こうってぐらいだから、お前の変人…もとい強靭さは知っちゃあいるが…」
「あぁ?」
「自分の膂力を忘れるもんじゃねぇだろう……」

緩く掴まれた歯形の腕もそのままに顔を伏せる比古。
若干当惑気味な斎藤の見開いた眼に、極まり悪そうな比古の顔色が映る事はない。

「そんな事を気にしていたのか」
「俺は腹上死されるのは御免だ」
「ふん、お前にしては、少々人物を見誤ったな。俺がそんなに柔じゃないって事を一番よく知っているのは、お前だろう?」

勿論、身を以って―――。
わざとらしく耳元に囁く低音にゾクリと震えながらも、密着する体を押し退ける。その際見えた件の背中に手を当てた。
既に記憶が曖昧な激しい情事の最中、何度となく交わっても永劫慣れる事はない痛みに耐える為縋った背中ははっきりと覚えている。拒絶して零にするか、受け入れて百にするかの選択しかないものを加減出来る筈もなく、相当強く突き立てた事を比古なりに心配していた。

「あーあ」
「何だ」

温かい体温に触れられて熱を帯びた爪痕が、その存在と位置を斎藤に知らせる。無駄な肉の無い男の背中に映える鮮やかな紅い傷。
その周辺に緩やかに手を滑らせる比古の言葉を待つ。

「折角無傷だったのになぁ」

苦笑する内に残念がる本心が、顔を見ずとも感じ取れる。
体の向きを変え、未だ上手く動けず融通の利かない体の比古を抱き寄せる。思うように抵抗できずに舌を打つ比古の髪を梳いた。
これをすると最初こそ止めろだの鬱陶しいだの五月蝿いものの、本当は案外気持ちが良くて照れているのだと分かってからは、途中で何を言われても止めない。元より斎藤は比古のこの艶のある黒髪がお気に入りなのだ。

「お前が後ろ傷を気にかけていたとは驚いたな」
「てめぇより長い事剣客やってるもんでな」
「阿呆が。知らんのか。刀傷はともかく、背中の爪痕は男の勲章なんだぞ」
「……は?」

呆気に取られる比古を尻目に斎藤は蒲団を被り直し、より腰を引き寄せた。

「もう一度寝ろ。そんな顔してるとまた犯すぞ」
「馬鹿か死ね」

が、その後斎藤の髪を梳く心地好さと情事の疲れに、再び比古は寝息を立て始める。
初めて感じる背中の痛みに満足気な表情を浮かべた斎藤は、腕の中で眠る最強の男を起こさぬよう抱き締めた。

「もうあんな事はするなよ。傷が付くのを見たくないのは寧ろ、俺の方だ……」





―――後日東京。警察署内。

「お、藤田、休暇はお楽しみだったみたいだなぁ!とうとう勲章付きだ」
「羨ましいねぇ。俺は最近ご無沙汰で干乾びちまわぁ」
「で?藤田程の心に適う京女ってのはどれだけ器量好しなんだ?」
「そりゃ京女ってのは白くて細くて艶やかで、具合も良いんだろうさ」
「この位置から察するに……ん?えらく指幅が広いな。指が長いのか」
「そりゃ京女ってのはしなやかに長い指をも持ってるんだろうさ」
「傷も割りと深い所を見ると藤田、相当励んだなこの色男め!」
「あぁ………まぁな…」

斎藤が笑いを堪える姿という世にも奇妙な場面に出くわした同僚達はしかし、幸いな事に誰もそれに気付いていなかった。
代わりに「藤田の女は小さいながらも怪力」という素っ頓狂な噂が流れたとかいないとか。