頂き物小説|smooch


「次の町まで、最低でも五日はかかります」

そう言われて出発した翌日、豪雨に襲われた。
何もかもびしょ濡れで、ようやく雨宿り出来そうな岩場を見つけた時、自然と手を伸ばした煙草のケースはぐっしょりと濡れていた。
中身は……言わずもがな。
生き残った二、三本のうち一本を指で抜き取り、隣の図体だけはデカイ男に目をやる。

「火」

長い髪を掻き上げて空を見上げていた視線をこちらに向け、奴は口角を上げた。

差し出されたライター。
灯る光に焦がされるフィルター。
深く煙りを吸い込んで、吐き出す。

あと五日か。

何とかなるだろう。いざとなったらこの馬鹿から煙草を奪えばいい。

「三ちゃん、俺にもくンない?」
「寝言は寝て言え」

目も向けず言えば「ケチ」と呟いた奴はズボンから煙草を取り出す。
どうやら大して被害を受けていなさそうな相手の煙草を盗み見て頷いた。

何とか凌げる。そう確信して。



「この…………バ河童がぁっ!!」

スパーンっ!

キレのあるハリセンの音が辺りに響く。

「っ、てぇーなァ!あにすんだ糞坊主!!」

地面に胡座をかきながら頭を押さえる悟浄に、三蔵は心底から腹を立てていた。

髪も服も、全身がぐっしょりと濡れた彼は「へぶしっ」と時折くしゃみまでして体を震わせていた。
まるで昨日、雨に降られた時と同じ…いや、それ以上の被害だろう。

「悟浄マヌケだよなーっ。妖怪と一緒に川にダイブするなんて」
「したくてやったんじゃねーよ!そこの老眼坊主が俺を巻き込んで魔戒天浄なんかブチかましやがるからっ―――」

スパーンッ!

「いっそ消えろ」
「っっ〜〜〜……テ、メェ…」

ふわり。
下から睨み上げる悟浄の視界を、突然白い布が被った。

「早く拭かないと、風邪引きますよ?」
「その馬鹿は重りを付けて川に沈める。構うな」
「三蔵…貴方、煙草が吸えないからって苛々し過ぎですよ。僕らにあたらないでください」
「ホンっっトだぜ!禁煙のストレスで殺されかけた方の身にもなってみろ!」

ギロリ。

紫暗が紅を射抜く。だが悟浄は臆する事なく視線を返した。
間違っているとは思わないし、三蔵の横暴にはもう懲り懲りなのだ。

今更だが。

「……フン。お前も今からその禁煙組の一人だろうが」

鼻を鳴らした三蔵の言葉に、悟浄の顔色が変わる。
慌てて立ち上がり、尻ポケットから煙草のケースを引っ張り出した。

が。

結果は…こちらも言わずもがな。
中の煙草は完全に浸水してしまったようで、生き残りはゼロだった。

うなだれる長身。

「二人とも買い置きを忘れるなんて、ドジですねぇ」

呆れたような声色に紫暗と紅が同時にその声の主である翡翠に向けられた。

「あのな、俺は買い出しの時に煙草頼んだだろーがっ」
「俺もそう言ったはずだが?」
「あれ?そうでしっけ?」
「惚けんなよ!」
「で、その買い出しを頼んだ時、貴方達は何をしていたんですか?」

視線が交わる。紅、紫。

「なにって……………ナニ……」
「こいつを躾してた」
「なっ!テメっ………」

八戒の顔に恐いくらいの満面の笑みが貼付けられた。
悟浄の背筋には、冷水を浴びせられたかのような寒気が走る。

「あと三日くらい、我慢出来るでしょう?禁煙するいい機会ですよ、二人とも」

クルリと踵を返した八戒は、さっさとジープと悟空を呼び寄せ、車に乗り込んだ。

「…八戒のヤツ、嫉妬か?」
「どう見たってあれは呆れてんだろうが。馬鹿が」

ムっと睨む相手を無視して三蔵もジープに向かう。
まるで煙草を持っていない悟浄には用がないとでも言いたげだ。

自分は早々に切らしたくせに。

「畜生っ…おい八戒!次の町まで飛ばすぞ!」
「はいはい」

踏み込まれるアクセル。
こうして喫煙組の地獄の日々は始まった。


町まであと二日。禁煙から一日も経っていないが、悟空や八戒には他二人の苛立ちが手にとるようにわかった。

「…おいコラ。シート倒しすぎなんだよ」
「倒してねぇだろうが。脳味噌腐ったか、バ河童」
「狭いんだっつの。俺は足が長いんで窮屈なんですよー」
「ならそんな糞足、切り落としちまえ」
「…テメェ……」

溜息が左の座席側から漏れる。
こんなやり取りが朝から続いていて、もういい加減に耳タコだ。

「…チっ」

隣から聞こえた舌打ちに、悟空は胸中で三十六とカウントする。
口寂しい悟浄は朝から舌打ちを繰り返していた。彼は無意識だろうが。

ニコチンが切れた人間をからかってもこちらが痛い目を見る事を、悟空は学習している。

かといって何もしないでいるのは、この車上ではあまりにも退屈だ。
だから数える。

「チっ…」

三十七。

「……おい、止めろ」

不意に三蔵が鋭く八戒に言った。
急ブレーキ気味にジープは止まる。

「どうしたんです?三蔵」
「お前らはここで待ってろ」

言いながら悟浄の腕を掴み、無理矢理ジープから引っ張り出す。
困惑する当人と他二人を無視して、三蔵はジープから少し離れた岩影に悟浄と共に姿を消した。

「…どーしたんだろ、三蔵」
「口寂しいんでしょう。三蔵も」
「へ?」

「…っ、ん…ちょ、やめろって……んんっ」

悟浄の両頬を包み込んで、その唇を荒々しく貪る。
角度を変え、口内を舌で蹂躙した後は引っ込んでいる相手の舌を絡め捕る。

「ふ、ん……っ、んぁ…」

ピチャピチャと唾液が奏でる音も、時折漏れる甘く、熱い声も、いつも通り。

一つ違うのは、煙草の味が薄い事。

ピチャ…。
銀の糸を引きながら、唇を離した。
目の前には、頬を上気させ、潤んだ瞳でこちらを睨む紅。

とても美しい。世辞ではなく、三蔵はそう思う。
この紅を、自分は思うままに蹂躙出来る。それが許されている。

その事実だけで、達してしまいそうな程の高揚感を覚える。

「…!?なっ!テメ、どこ触ってんだ!」
「ヤらせろ」
「嫌、だっ…!野営の時はシない決まりだろ、がっ!」

シャツの中に手を突っ込み、鎖骨を舐める。
ヒクリと喉を震わせるのを見て、喉仏に軽く噛み付いた。

「だから、シてぇんだろうが」

指先が胸の突起を掠める。

「い、加減に………しろっ!!」

その瞬間、三蔵の腹部に強烈な一撃がくらわされた。
悟浄の膝蹴りが綺麗に決まったのだ。

蹲って離れる三蔵を睨み、着衣を軽く整えながら、悟浄はジープへと戻って行ってしまった。
青筋を額に浮かべた三蔵だが、口寂しさがなくなっている事に気付く。

成る程。

一人頷き、痛む腹を摩りながら三蔵もジープに戻った。

「………何でお前が隣に座んだよ」
「文句があるのか?」
「ねーけど……」

ジープに戻った三蔵は悟空に席を代わるよう言って、特に異論もない悟空はそれに了承した。

だが薄々嫌な予感が、三蔵以外の三人はしていたのだ。

そしてそれは現実になる。

「…チっ」

ジープが走り出してからしばらくして、悟浄がまた舌打ちを零した。
それを聞いた三蔵が、悟浄の髪を掴んで自分側に引く。

「?なん………」

不思議そうな悟浄の顔に笑いながら、その唇を塞ぐ。
突然過ぎて対処出来ない相手をいい事に、舌を侵入させた。

「ん…ばっ……んんっ」

体重をかけていけば、自然と悟浄の上体はシートに倒れていく。
そのどさくさに紛れて触れた下肢の中心。

「……少し勃ってるぞ?」

唇を離して耳たぶを食みながら囁けば、悟浄の肩が跳ねる。
また欲に潤んだ瞳で睨む相手に、三蔵の欲も高まり…………。

ドカッ!

「ざっけんな!」

今度は脇腹に蹴りが決まり、三蔵は蹲る。
悟浄はさっさとそれを自分の上から退かして上体を戻した。

「……よくやるよな。三蔵も」
「相当溜まってますね。色々と」

前列の二人にはその一部始終がミラーによって丸見えだった。
同時に溜息。恐らく、ジープも。

この後、ジープが夜営地点に到着するまで、二人のやり取りは繰り返された。

本当に明日着くんだろーな?八戒」
「ええ。順調にいけば、ですけど」

翌日の朝から何度となく続く悟浄の質問。
それを毎度同じトーン、言葉で返す八戒。
視線を外に向ければ岩ばかりの荒野。ときどき林。

代わり映えしない景色と共に、それは悟空を退屈させるには充分なものだった。

「はぁ〜…」

キキィ、とジープが止まる。

「今日はここら辺で夜営にしましょう」

西日はまだ半分も残っている。いつもなからまだ距離を稼ぐはすだ。

「早めに休んで早めに出発して、明日の朝一には町に着けるようにしましょう?」

にこやかな八戒とは対称的に、悟浄は不満げ。
後部席から身を乗り出して八戒に文句を言いはじめた。

「まだ行けんだろ?さっさと町に入ろうぜ」
「今進んでも着くのは真夜中ですよ。宿も店もやってません。結局野宿です」
「野宿でもいいっつの。早く煙草吸いてーんだよ」
「だからお店は………」
「自販機ならあるだろ?な?」
「悟浄……」

はぁ、と八戒が溜息をついた時、悟浄は自分の過ちを後悔した。
この中で一番怒らせてはいけない人が誰かを失念していた、と。

「貴方達の煙草の為にジープに無理させる気ですか?そんな事してジープが走れなくなったらどうするんです。責任とれるんですか?」
「責任って、ンな大袈裟な…」
「貴方が居なくても僕らは西に進めます。でもジープが居なければ満足に旅を続ける事も出来ません。どちらが優先でどちらが大切か、わかります?」

散々な言われ方にうなだれた悟浄は両手を上げて降参のポーズ。
「よろしい」と頷いた八戒は悟浄に薪を拾ってくるよう指示してジープを降りた。

「明日には吸える。明日には吸える。明日には………」

ブツブツ言いながら近くの林に消えていく悟浄を見ながら、悟空は笑いを堪える。
だって結局ヘタレ。ニコチンを摂取して機嫌が戻ったら存分にからかってやろう。

「悟空、こっち手伝ってください」
「うんっ」

夕餉(ゆうげ)の準備を始める二人を余所に、三蔵は悟浄が消えた林を見つめていた。

口寂しい。

無意識に袂を探る手に舌打ちし、一瞬の思案の後、三蔵は悟浄を追って林へと消えた。


さほど広くもない林の中、夕日の赤を受けて輝きを増す紅。

綺麗だと思う。漲る生命の色だと、思う。

ブツブツとまだ何か言っている悟浄の背後に気配を消して近付き、一気に抱きすくめる。

「 なっ………!?」

驚いて振り向こうとする相手の顎を掴み、後ろから唇を重ねた。
抵抗を片手でいなし、体を反転させて近くの木に押し付ける。

「っ…ん、はぁ……なん、なんだよっ」
「もう我慢出来ねぇ」
「はぁ?っ、ちょ…やめ」
「煙草も、お前も、足りねぇんだよ」
「明日まで、の、我慢…だろっ」
「五日だ。ここまで待ってやったんだから上出来だろう」

下肢の中心を強く握られ、悟浄の背が反る。

「さん、ぞ…っ」
「悟浄……」

低く名前を呼ばれ、また唇を奪われれば、悟浄は目を閉じざるおえなかった。




「ひっ、ん…ぁ、あっ」

ガクガクと膝が震える。気を抜けば座り込んでしまいそうだ。

「ん……気持ちいいか?」
「はぁ、はぁ……んあぁ、や、やめ…」

目を開けて視線を下に向ければ、前後に規則的に揺れる金。
ジュプ…と時折聞こえる唾液と先走りの混じる水音。

今、三蔵は悟浄自身を口にくわえて愛撫している。

女にしてもらった事はあるが、三蔵と身体を重ねるようになってからは初めての行為に、嫌でも感じてしまう。
声が漏れてしまう。

「ああっ、ぁ、はぁ、吸う、なっ、吸うの、だめっ」
「っ…ん……」
「ひっ、うぁあっ」

太ももに添えられていた手が尻を掴み、その間にある窪みを数回撫でた。
背筋に電流が流れる。

「やっ、そこまだ…だ、っ……」

つぷり、と指が一本、挿入され、同時に強く自身の先端を吸われた。

一気に込み上げる射精感。

「あぁあっ、あ、ああっ!」

全身を震わせながら、三蔵の口内に白濁を注ぐ。
全て出し終えるともう立っていられず、木に沿うようにしてその場に座り込んでしまった。

「………随分と、濃いな」
「っ…うる、せ……」
「へばってんじゃねぇぞ。本番はこれからだ」

膝裏を掴まれ、足を広げられる。

「今イったばかりなのに、まだ半勃ちとはな」
「言うな…」
「これが欲しいんだろう?悟浄」

取り出された三蔵自身は反り返る程の完勃ちで。

ひくり、喉が鳴る。

「くれてやるよ……たっぷりとな」

耳元に囁かれ、舌が耳の中を舐め回す。
秘部を撫でる指が今度は二本になって体内を犯し始めた。

「ぃあ、あぁ、んんっ」

激しく注挿を繰り返され、無意識に腰が揺れる。

「も、もぅ、や、ぁ…さんぞ、の、欲しい…欲しいっ」

潤んだ瞳と濡れた声で甘えたように強請れば、三蔵の目が細められた。
抜かれる指。両の膝裏を腹につく程持ち上げられ、秘部は三蔵の眼下に曝される。

ヒクつくのを止められない。

「どうなっても知らないからな…」

宛がわれる三蔵自身。

(熱い)

ゆっくりと体重をかけ、それは悟浄の中に埋まっていく。

(熱い熱い、溶けてしまう)

「くっ、ううぅっ〜〜あああっっ!」

根本まで入りきった途端、三蔵は激しく律動を開始した。
肌がぶつかり合う音が響く程。

「悟浄っ…」
「ふ、ん、ひぐっ、あぁあっ」

三蔵の首に腕を回し、悟浄はされるがまま揺さ振られた。
久々の情交の気持ち良さに、理性は崩壊寸前だ。

「さんぞ、さんぞっ」
「っ……」

どちらからともなく唇を重ね、舌を絡め合う。

「っ、ずっとこうしてれば…煙草なんて必要ないな」

そう言って三蔵は笑う。
悟浄も釣られるようにして笑った。

「馬鹿」

互いに絶頂へと上り詰める為、より一層動きが激しくなる。

そして、

「ああ、あっ、う、イきそ、イキそっ…イっっ〜〜〜!!」
「うっ………!!」

同時に果てた。

荒い呼吸を整え、また唇を重ねる。その心地良さに、悟浄はそのまま意識を手放した。




翌日。

日の出と共に出発したはずの一行だが、目的の町に着いたのは昼過ぎだった。

何故なら。

「うぅ〜……腹が…っ…」

悟浄が腹を壊し、途中何度もジープを止めたからである。

「てんめ〜…っだから野営の時は嫌だっつったろ!」

トイレの中から響く怒声に、三蔵はどこ吹く風で煙草を吹かしている。

「貴様もノってただろうが」
「お前がちゃんと事後処理しねーからっ……うっ!!」

そこで怒声は唸り声に変わる。
三蔵はまた煙草を吹かす。

「あの人達に禁煙を勧めるのは逆効果でしたね」
「ついでに禁欲もね」

同行者二名はただただ呆れるしかなかったという。





end.

「時雨れる。」野田優雨さまからキリリク小説を頂いてまいりました!!
日参している悟浄受サイトさまで、たまったま85000番が踏めたミラコー…!
なのにリクは三浄という。だって野田さんの書かれる三浄大好きなんだもん!!
(もんとか言うな)

リク内容は「悟浄(もしくは煙草)欠乏症で苛々な三蔵、キス魔化or裏」だったんですが
(趣味丸出し)、なんと内容全て盛り込んで下さったという
嬉しすぎる小説でございます!感激っ!
三蔵の自分勝手生臭っぷりは元より、翻弄されて最後にはオチる悟浄が
もうホント理想的で堪りません><三浄最高…!!
野田さま改めまして素敵な小説本当に有り難うございました!

野田優雨さまのサイト「時雨れる。」はリンクページからどうぞ♪